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ハリウッド・スターはうわの空

名画をこの手に, 第1巻

上司の尻拭いなら慣れている。

上司とは、もちろんハリウッド・スターのライダー・リードのことだ。ただのスターじゃない。彼こそがスーパー・スター。そして、名うてのプレイボーイでもある。

気に入った女性に片っ端から声をかけ、目的を達成したら未練なく捨てる。そんな人を間近で見てきた私だから、今さら何が起こっても驚かない、はずだった。彼に求婚されるまでは……。

それは、普通の求婚じゃなかった。結婚生活は〝一年間〟と区切られた。おじい様の遺された絵を手に入れるためだとか言っているけど、それだけじゃないんでしょ? いつも秘密を身にまとっているライダーのことだから、他にもきっと何かある。でも、それが何かはわからない。

私の理性はもちろん〝ノー〟と言っている。一年だけの結婚生活に同意するなんて、愚の骨頂よと。でも、彼の出してくれた交換条件が魅力的すぎて、すぐには断ることができない。

お腹の赤ちゃんの面倒を見る、彼はそう言った。元カレは父親としての責任を取るつもりなんか端(はな)からないだろうし、選択肢は他になさそうだ。

結婚を承諾するにしても、心まで奪われてはダメ。どうせ一年後には別れる人を、本気で好きになってはいけない。

この手強い男から、どうやって自分を守ればいいのかしら。彼のフィアンセとしてスポットライトを浴びる、いいえ、非難の的になる心の準備はできてるの?

第一章試し読み

エレベーターから一歩外に出ると、耳をつんざくような大音量の音楽が聞こえてきた。廊下の真っ白な壁も、大理石の床も、リズミカルなビートに合わせて振動している。

ここは高級ホテルの廊下、しかもスイート・ルーム専用階なのに、何たる騒々しさだろう。私は身の縮む思いで支配人や警備員たちのあとについて歩いた。

時間は真夜中の一時だけど、呼び出しがあればいつ何時(なんどき)でも所定の場所に急行して、問題を処理しなければならない。どんなに眠くても、どんなに疲れていても関係ない。ベッドから這って出て、カチッとしたスーツに着替えて現場に行き、混乱を迅速に収拾する。それが私に与えられた仕事だ。

ところで、私の名前はペイジ・ジョンソン。ライダー・リードのマネージャーをしている。ライダーというのは誰もが知っている、ハリウッドのスーパー・スターだ。

今回の任務は、そのボスを家に連れ帰ること。

支配人がドアのカードキーを挿入口に差し込み、私に向かって言った。

「こちらでございます。ジョンソン様、どうぞ」

ドアを開けた瞬間、大音量の音楽がさらにパワー・アップした。頭蓋骨にひびが入らないのが不思議なくらいのボリュームで、すぐにでも回れ右したくなる。

部屋の中は薄暗く、あらゆる種類の香水や汗、アルコール、それとタバコの匂いが混じり合っている。はっきりとは見えなくても、半裸または全裸の女性たちが大勢いて、あっちでもこっちでも身体をクネクネさせているのがわかる。

大スターにたかって、あわよくばお金でも巻き上げようとしているのかもしれないけど、そんなのは不毛な駆け引きだからやめておきなさい、と忠告してあげたくなる。

ライダーは人と親密な関わりを持つタイプじゃない。好みの外見でさえあれば誰でもよく、翌日には別の女に乗り換える。

私は改めて部屋の匂いを嗅いだ。タバコだと思ったけど、この独特な臭いは、どうやらマリファナみたいだ。

ああ、神様、マリファナにだけは手を出させないでください。もちろん、その他のドラッグも。どうか、自制できる強い意志をライダーにお与えください。

私は心の中で必死に願った。

ライダーが薬物を使用している痕跡はなかったけれど、本当のところは誰にもわからない。だって、ここはハリウッド。そして、彼には有り余るほどのお金がある。大きな仕事を終えたばかりで、次の映画まで比較的間が空いている今、単なる好奇心から手を出した可能性も捨てきれない。

ライトのスイッチを探り当て、私はそれを一斉に点けた。突然の眩しい光に、女たちが目を覆いながら悲鳴を上げるのには構わず、音楽の電源を素早く探す。

とにかくこんなに騒々しい場所では、まともにものが考えられない。

ようやく電気コードを見つけてコンセントから引き抜くと、一瞬で音楽が鳴りやんだ。

「ちょっとお! 何すんのさ、このバカ女」

「そうよ、そうよ、勝手に切らないでよね」

大きな声で文句を垂れる女たちに向かって、私も声を張り上げた。

「お黙んなさい! なんならすぐに警察を呼んだっていいのよ」

それからホテル・スタッフに向かい、この人たちをつまみ出してください、と頼んだ。「私はライダーと話をします」

警備員たちにいやらしい目つきで見られても、肌を露(あら)わにした女たちは気にもしていない様子だ。それがクスリのせいかアルコールのせいか、はたまた慣れているせいなのか、私には判断がつかない。

目の前に、うんざりするような光景が広がっていた。

テーブルの上はもちろん、床にもクラッカーの残骸や大小各種の空き瓶、キャビアか何か、黒っぽくてヌルヌルしたものなどが散乱し、部屋の何か所かに生けられていたであろう花は、至るところに打ち捨てられたまま。

一人の女が、どういうわけかお尻の割れ目にユリの花を挿入して四つん這いになっているかと思えば、グランドピアノの上には、全裸の女が二人うつ伏せになり、どんよりした目でお互いを見つめ合っている。

リビングにいる女たちの目も、よく見れば焦点がちゃんと定まっていない。髪は乱れ、化粧は剥げ落ち、全員が悲惨な状況になっている。とはいえ、世の中って不公平なもので、どの女もみんな判で押したように若くて背が高く、大きな胸とすらっとした脚をした金髪だ。

私は口だけで呼吸するよう意識しながら、寝室へ行ってみた。

思った通り、ベッドの上に女が数人寝そべっているけれど、ライダーの姿はない。女たちの一人が、あろうことか私に色目を使ってきた。

「あーら、あなたも仲間に加わらない? イケないことしましょうよ」

こんな人たちと同類だと思われてるなんて、冗談じゃないわ。

彼女たちを無視してバスルームに向かうと、五人もの女を侍らせたライダーが、巨大なバスタブでくつろいでいた。

バスルームからはLAの街が一望でき、宝石みたいにきらめく夜景が楽しめる。なのに、夜景の代わりにこんないかがわしい光景を見なければならないなんて、全くついてない。

ライダー・プライス=リード。ライダー・リードという呼び名で通っているハリウッド・スター。

人々は彼の顔を、〝セクシーで非の打ちどころがない〟と表現する。頬から顎にかけてのシャープなラインと貴族的な鼻すじは、母親から受け継いだものだと言われている。いわゆるプライス特有の顔立ちなんだそうだ。

背は高く、肩幅も広く、がっしりとした身体つきをしている。実物が良くても写真写りの悪い男はたくさんいるし、その逆もまたしかりだけれど、彼に関して言えば、見た目はもちろん、どの写真を見ても完璧だ。こんなにパーフェクトな外見をした人を、私は他に知らない。

ただし、身体つきも含め外見的には何ら欠点のない彼でも、残念ながら性格は〝欠点〟だらけで、〝非の打ちどころがない〟どころか、非の打ちどころしか(・・)ないと言ったところ。

惨憺(さんたん)たる有様としか言えない状況の中で、ライダーがのん気に手を振ってきた。

「やあ、ベイビー」

白い歯を見せてにっこり微笑む姿を見て、私の怒りは急速に冷め、真夜中にベッドから引きずり出されたことも一瞬で帳消しになってしまう。

彼が私を本名で呼ぶことは滅多にない。いつだって「ベイビー」とか「シュガー」などというふざけた呼び方をするので、いちいち反応しないようにするので精一杯だ。

それから、あの声。

低く落ち着いていて、聞くたびにドキンとする。身体の一番敏感な部分を直接愛撫されているような気になってしまうのは、本当に困りものだ。初めて会ったときは作られた声だと思ったけれど、そうではなかった。彼はいつも自然体で、声もその一部なんだと今では知っている。

もういい加減慣れなさい、と私は自分を叱りつけた。

ライダー・リードがどんなに魅力的な男であっても、この気持ちに蓋をしておかないと大変なことになる。万一、彼のエージェントであるミラ・ブラッソンが知るところにでもなれば、私は即刻クビになるだろう。絶対に好きにならないこと、雇われた初日にそう釘を刺されたのだから……。

シャンパンの空き瓶が、少なくとも十本はバスタブの周りに転がっている。彼に群がる女たちももちろん飲んだのだろうけど、ほとんどはライダーの胃に納まっているに違いない。肝臓がチタンででもできているんじゃないかと、この頃は半ば本気で疑っている。

私は脱衣所の棚からバスローブを引っ張り出して、ライダーに差し出した。

「お風呂から出て、これを着てください」

「なんで? 気持ちいいのに。きみのためのスペースも充分あるよ」

ライダーの隣に座っている女がケラケラと笑い声を上げた。

「やだぁ。その人、太ってるからムリじゃなーい?」

ライダーが彼女にまばゆいばかりの笑みを向ける。

「そうかな。俺は柔らかい曲線も好きだけど」

「えー、そーお?」

「そ、そんなことはどうでもいいから、とにかくお湯から出てください」

彼は全く耳を貸さず、女たちはシリコンでできた胸を押しつけながら、彼の身体にしがみついてタコみたいに離れない。

私は歯噛みしたい思いを堪(こら)えた。

「イトコさんの結婚式が控えているのをお忘れですか。リハーサル・ディナーに遅れても知りませんよ」

上司に対して生意気な口の利き方をしている自覚はあるけれど、どうにも止められなかった。「お母さまもいらっしゃると伺っています。欠席なんて許されませんからね」

泥酔しているくせに、母親のことを持ち出されて、ライダーが少ししゃきっとした。

「せっかくいい気分でいるのに、台無しにしないでほしかったな」

文句を言いながら立ち上がったものの、彼はバランスを崩して派手によろめいた。

転んで顔に怪我でもさせたら大変、と私は慌てて彼の身体を支える。その身体はとても重く、熱い湯から出たばかりでとても温かかった。

「こんなに飲んでるのにお風呂になんか入るから、酔いが回ってしまうんです」

なんとかまっすぐに立たせようと苦心しながら、私は文句を言った。

「小言は聞きたくないんだよね」

彼の顔から目を離すわけにはいかない。さもないと、肌に貼りつく服を通して、硬い筋肉を意識してしまう。

ライダー・リードのマネージャーになって四年になるけど、今まで奇跡的に、こんな苦境に立たされたことはなかった。でも、どんな状態でも、たとえ彼にのしかかられていても、この想いは封じ込めなければならない。

バスタブの中から腕が一斉に伸びてきて、ライダーをお湯の中に引き戻そうとする。私が彼女たちを睨んでも、誰も手を引っ込めようとしない。だんだんバランスが保てなくなって焦った私は、大声で怒鳴った。

「ちょっと! 危ないでしょ。やめて!」

すると、女たちのうちの二人が私の手も一緒に引っ張ってきた。

「きゃー! な、何するの!」

頭からお湯の中に突っ込む格好になり、周りの音が全く聞こえなくなった。

慌てて起き上がろうとすると、頭を後ろから押さえつけられた。相手の手を爪で引っ掻こうとしても、全然力が入らない。

こんなところで溺れ死ぬのかしら。漠然と死の恐怖を感じていたら、今度は突然自由になった。お湯から顔を出して咳き込んでいるうちに、耳も聞こえるようになってホッとする。

バスタブの縁に腰かけたライダーの目が、ほんの一瞬鋭く光ったような気がした。でも、それは本当に一瞬で、すぐにおどけた顔になった。人差し指を立てて左右に振りながら、悪いことをした子供を叱るように、女たち一人ひとりを見回している。

「荒っぽいプレーは無しだと言ったはずだよ」

それから何が可笑しいのかのけぞって笑い始めたものだから、またもやバランスを崩しそうになっている。

だから勘弁してってば! 頭でも打ったらどうするのっ。

こちらの心配などどこ吹く風、ライダーは伸びてきた数本の腕に支えられながら、髪をかき上げる仕草をした。

パンプスの片方がプカプカと浮かんでいる。もう一度窒息死させられそうになる前に、私はそれを掴んでバスタブを出た。

靴はもう使い物にならないけれど、今はそんなことに構っていられない。私はライダーを女たちから引き離すと、彼を引きずるようにしてバスルームを出た。

「ふん、デブ女!」

「ほんと、半端ない怪力ねえ!」

こういう侮辱のされ方には慣れている。いちいち相手にするだけ時間の無駄。それに、今はライダーを無事に送り届けるのが先決だ。スキャンダルの匂いをメディアが嗅ぎつける前に彼を車に乗せる、それが今の私の最優先事項。

ベッドの上には、さっき見た女たちがまだ居座っていた。リビングからも誰かの叫び声が聞こえる。全員を追い払うには、まだ時間がかかるだろう。

私は唯一空いたアーム・チェアにライダーを座らせた。

「ここを動かないでください」

飲み過ぎて身体が言うことを聞かないのか、彼はおとなしく頷いた。目は淀み、肩はだらんと垂れ、濡れた髪は妙な形に跳ねている。そんな情けない状態にもかかわらず、彼の場合は不思議とセクシーに見えてしまうのだから始末に負えない。

私は脱衣所に舞い戻り、バスタオル三枚と乾いたローブを持って戻ってきた。透明ガラスの向こうにいる女たちの存在は、もちろん無視した。

「髪を拭いてください。それからこれを着て。急いで」

私もタオルで自分の服を拭いてみたけれど、ほとんど意味がなかった。

「急ぐ必要はないんだよなあ。レイト・チェックアウトにしてるから、この部屋は午後二時まで使える」

ライダーがタオルで髪を拭きながらのんびりと言った。

「そんな時間までここにいることはできません」

「まだ誰とも楽しんでないんだぞ。これからってときにきみが乱入してきた」

彼がベッドの上の女性たちを身振りで示すと、そのうちの一人がこれ見よがしに大股を広げた。

「飲んでばかりで時間を無駄にするからです」

ライダーたちは午後十一時にチェックインした、とホテルのスタッフから聞いている。その前から飲んでいたはずだから、チェックインと同時に、するべきことをさっさとすればよかったのだ。

「喉が渇いたって子がいたからさ、まずはみんなで飲み直そうってことになったんだ」

彼はデレデレした顔で私に微笑んだ。「なんなら、きみが相手でもいいんだけどなあ」

私はキュッと唇を結び、下半身に目を向けないようにして、彼の腕にローブの袖を通した。身体が濡れていても構わない。彼も抵抗しなかった。

そこらじゅうに脱ぎ捨てられた服を回収し、ホテルのロゴが入った洗濯用の大きなビニール袋にそれらを突っ込むと、私は乾いたタオルを彼の頭にすっぽりと被せた。そのまま部屋を出てエレベーターへと進み、一階のボタンを押す。

エレベーターが下に下りるまでの間、ライダーは試合に負けたボクサーみたいにうなだれて、かなりしんどそうにしていた。

一階に着くと、ホテル・スタッフが数名、エレベーターの外で待っていた。

「ライダーの私物が残っていれば、オフィス宛てに送ってください。請求書もわたくしのほうへ。あ、写真は必要ありません。部屋の状態はこの目で見て、被害状況は把握できております」

濡れネズミのようになってしまった私を見ても、スタッフたちは眉ひとつ動かさず、かしこまりました、と言った。

「さあ、行きましょう」

とライダーを促して裏口へ向かいかけると、彼が急に立ち止まった。

「待って。俺の車」

彼の愛車はフェラーリだ。置いて帰りたくないのはわかるけど、今夜はお酒が入り過ぎている。

「明日あなたの家まで運ばせます。その状態では、どうせ運転は無理でしょう」

「そこまでひどくない。運転ぐらいできるさ」

「それなら、あの裏口のドアまで片足跳びで行けますか。つまずくことなく行けたら、あなたの言葉を信じましょう」

「わかった。見てろよ」

そう言って片足を上げたまではよかったけど、ライダーはすぐによろめき、上げた足を下ろしてしまった。

裏口を出たところで待っていた運転手に目で合図を送り、私は彼をベンツに押し込んだ。酔った人間に言うことを聞かせるのは決して容易ではないけれど、何度も経験したのでコツは心得ている。

ここで別れてしまえば、他のホテルかクラブにまた誰かとしけ込むのはわかりきっているので、私も一緒に乗り込み、後部座席のドアを閉めた。

車内のエアコンは程よく効いているものの、濡れた服を着ている私には拷問に近い。

「このままお宅にお連れします」

私は寒さを堪(こら)えてきっぱりと言った。「今日はゆっくり休んで、明日のリハーサル・ディナーに備えてください」

「行きたくないな。気が進まない」

ライダーはひとり言のように呟いた。

「お父さまの結婚式に参列なさったほうがマシだとおっしゃるのですか」

六十を越えたライダーの父親も、この週末、何度目かの結婚式を予定している。相手はうら若い、二十歳の女性だそうだ。たまたま結婚式が二つ重なり、ライダーはそのどちらにも招かれている。「それでしたら、今からでもスケジュールを変更いたしますが」

「やめてくれよ。冗談じゃない」

心底から嫌がっているのが、その口振りからしても明らかだ。「あのなあ、明日は二日酔いで運転は無理かもしれない。そうなると、どっちにも参加できないと思うぞ」

「いいえ、その場合は代わりに運転手に運転させますから、ご心配いりません」

 

* * *

 

ライダーを送り届けて自宅に帰り着いたのが午前四時前。玄関ドアを開けると、ルームメイトのレニー・ウェインジャーがリビングで靴を脱ぎ捨てているところだった。

レニーは数年前、女優を目指してシカゴからやってきたそうで、今はLAのダウンタウンでバーのホステスをしながら生計を立てている。腰の辺りまである流れるような黒髪と淡い緑色の瞳が特徴的な、小柄な美女だ。

私がLAに来る決心をしたとき、ルームメイトを募集していた彼女をネットでたまたま見つけたのは、ラッキーだったとしか言いようがない。右も左もわからない私に同情して、レニーは何かと面倒を見てくれた。こんなに美人で親切で頑張り屋の女性なのに、女優としてなかなか芽が出ないのが、私としても残念で仕方ない。

でも、彼女はそれについて不服を口にしたことは一度もなく、いつだって希望を捨てていない。その前向きな姿勢を見ているとどうにかしてあげたくなるけれど、ライダーは誰かを引き立ててやる熱意などないと明言しているし、エージェントのミラも、新人発掘は自分の仕事じゃない、とこちらも非協力的だ。当のレニーも、

――私なんかに手を貸したら、あなたが困った立場に立たされるんじゃない? 迷惑はかけたくないの。

そんなふうに言って、私からの協力を断った。

「ただいま」

ヨレヨレの服や髪をした私を見た途端、レニーは大きく目を見開いた。

「お、かえり……。何があったの?」

「うん、ちょっとね」

それにしてもひどい恰好。自分の服を改めて見下ろして、急に恥ずかしくなった。

「大丈夫?」

レニーが私の顔を覗き込んできた。「怪我とかは? してない?」

「大丈夫、大丈夫」

エージェントとの契約の中に〝守秘義務〟というものが含まれているので、たとえ友人でも、ライダーに関することは何も話せない。「これくらい、どうってことないわ」

「もしかして……、ショーンのことで自暴自棄になったりはしてないわよね?」

ショーンというのは私の元カレで、今週別れたばかりだ。

「ううん、それはない」

――きみとはもう終わりにする。だいたい太り過ぎなんだよ。ファックする気も起こらない。俺がいくら頼んでも協力してくれないし、小生意気な口ばかり利く。これ以上付き合ったって、メリットなんか何にもない。

妊娠を打ち明けようとした矢先にそう告げられた。そんなひどいことを言われて、赤ちゃんのことを持ち出す気になれるはずもなかった。

「それならいいけど……」

レニーは私の言葉を信じていない様子だ。「あいつ、不愉快な奴だった。私は嫌い。ゲイリーも同じこと言ってたわ」

私はびっくりしたけど、敢えて口には出さなかった。

レニーとゲイリーは双子で、二人はショーンに対していつも感じ良く接していたから、まさか嫌っているとは思わなかった。私のために礼儀正しくしようとしてくれただけなのだろうか。

まあ、今となってはどうでもいいことだし、それについて考えるには私も疲れ過ぎている。

レニーがいきなりハグしかけてきたので、私は慌てて後ずさった。

「あなたが濡れちゃう」

「どうせこれからシャワー浴びるんだし、構わないわよ」

彼女は私の身体に手を回し、しっかりと抱き締めてくれた。

私は心優しき友の腕の中で目を閉じ、(友だちっていいな)と、しばしその温もりに浸っていた。

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