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パートナーでありたい

単行本, 第4巻

ジョー

ひどい恋愛ばかりしてきた私は、あるパーティで声の素敵な男性と知り合いベッドを共にした。彼の名はエドガー・ブラックウッド。「ブラックウッド・エネルギー」の次期社長と目されている人物だ。

一夜だけのつもりだったのに、避妊もちゃんとしたのに、もしかして妊娠? 不安な気持ちを抱えているところへ、いきなり彼が現れた。

連絡先を交換しなかったにもかかわらず、どうやって私の居場所を突き止めたのだろう。しかも、とんでもないことまで言い出して。

「生まれてくる子供のために結婚しよう」

子供? なんでこの人が知ってるの? それに結婚? そんな理由で結婚なんかしたくない。両親みたいに愛し愛されてこそ人は幸せになれる。一緒にいてどんなに心惹かれようと、そこだけは譲れない。

 

エドガー

愛は判断を鈍らせ、人を愚かな行動へと駆り立てる。事実俺は、愛の名のもとに愚行を繰り返してきた母と、そんな母を愛するがゆえに庇ってばかりきた父の姿を間近で見てきた。

愛は人生の歯車を狂わせる。家族の絆を崩壊させる。だから、不確かなものは最初から当てにしないほうがいい。

ところが、愛を真っ向から否定する俺の前にジョーという女性が現れた。夫婦というものは互いに愛し合い、子供たちにも惜しみない愛を与えるような関係が理想だという。彼女の両親のように。

子供に関する見解なら俺とて同じだ。父みたいな男には絶対にならないという自信もある。だが、たとえジョーと過ごす日々がどんなに愛おしく感じられたとしても、夫婦間の愛がまぼろしだという確信は決して消えない。

 

 

 

 

第一章試し読み

「よかった、来てくれたんだね」

弟のパブロがホッとしたように言い、マンションの部屋に私を招き入れた。

「そりゃあ来るわよ。可愛い弟が困ってるんだもの」

私は大きなバッグを次々とダイニング・テーブルの上に置き、ようやく解放された腕をさすった。車からここまで、六つもの重い荷物を一人で運んだらさすがに堪える。

弟がこのマンションに引っ越してきたのは研修医時代だ。家具類はすべて通販のセール品のため、統一性はまるでない。本人曰く、毎日が忙しすぎて、適当に買い整えたとのことだ。UCLAの小児循環器専門医として働いている今はさらに多忙となったため、部屋を模様替えしたりワードローブを買い替えたりする時間の余裕は未だにできないらしい。

常に優しさを湛えた茶色の瞳や柔和な表情は、患者に寄り添う医師の雰囲気そのもの。自分が子供の頃にこんなお医者と出会えていれば、病院に行くのもさほど怖くはなかったかもしれない。

「悪いんだけど、そのバッグ全部、寝室まで運んでくれる?」

いつもなら衣類一式を事前に届けてもらうのだけど、今回は緊急事態でそんな時間はなく、自分で持ってくるしかなかった。

「もちろんだよ。でも大丈夫?」

腕をさすり続ける私を見て、パブロが心配そうな顔をした。

「大丈夫、大丈夫。しばらくこうしてればじきに痛みも引くから」

両腕にできてしまった荷物の跡の赤みも、パーティまでには消えているだろう。

パブロはバッグを二つほど持ち上げ、大きく息を吐き出した。

「何だこれ。鉛か何かが入ってる?」

「まさか。あんたがどんな服を持ってるのかわかんないから、とりあえず必要そうなものを全部入れたらこうなっただけ」

「そこまで本格的にしなくてよかったのに」

ブツブツ言いながらも、弟はバッグを全部抱えて私のあとについてくる。こういう従順なところは小さい頃から変わっていない。

寝室に入り、私はすぐにクローゼットの中を確認した。ボタンダウンのシャツとドッカーズ(リーバイスのチノパン・ブランド)は仕事着。カジュアルなものとして、コットンのシャツとショート・パンツがある。あとはネクタイが数本……。うん、思った通り個性も面白味もない嗜好だ。

ふと、黒とオレンジ色のものが目について取り出してみると、ダフィー・ダック(漫画のキャラクター)のネクタイだった。

「ルーニー・テューンズ(アメリカのアニメシリーズ)? マジで? あんた、こんな趣味あったんだ?」

「違うよ。そういうの子供受けがいいんだって」

パブロは決まり悪そうに抗議した。「他にも何本か持ってる」

「ふうん。ま、年頃の女性が相手だとそうもいかないわね。確か今夜は『ヴィルゴ』に行くんじゃなかった? いくらビストロ(カジュアルな雰囲気のレストラン)だからって、これはちょっとねえ。ましてや初デートでしょ?」

「わかってるよ。だから本職の姉さんに来てもらったんだろ」

そう、私はパーソナル・ショッパー。ファッションのプロだ。パブロみたいに立派な医学学士の資格は持ってないし、家族の中でただ一人、四年制大学にすら行かなかったけど、今や多くのクライアントを抱え、それなりのキャリアを積み上げてきた自負はある。

私は頭を仕事モードに切り替えた。

「オーケー。じゃ、さっそく質問。その女性にどんな印象を持たれたいの?」

「うーん、楽しくて面白い人。あと、とにかく好印象だね。感じいいって思われたい」

「それだけ? 成功者に見られたいってのは?」

「別にそこはいいよ。え、まさか俺をグッチで固めようとか思ってないよね?」

「そんなダサいことするわけないでしょ。だけどね、イタリア製のローファーは持ってて損はない。いろんなシーンで役に立つから」

私はバッグの一つを探り、中からプラダの靴を一足選び出した。「あんたにはこれがピッタリだと思うわよ。履いてみて気に入らなかったらもちろん無理にとは言わないけど」

でも、デザイン性だけでなく、足にぴったり馴染むのがプラダの美点だから、おそらく惚れ込んで手放せなくなるだろう。

「ふーん。ま、パッと見は確かにシャレてるけどさ」

弟は心持ち唇を突き出した。見てくれがいいだけの服装を彼は好まない。上辺ではなく中身、性格やこれまでの実績を知ってもらった上で評価されたいと思うタイプ。

彼は私の差し出した靴を大人しく受け取って履き、少し歩き回った。

「うん、悪くないね。今のところ履き心地に問題はなさそうだ」

「履いてるうちにもっと馴染んでくるわよ。それと、念のためにグッチも用意したからコレクションに加えときなさい」

「わかった」

私はプラダの靴に合うようにと、クリーム色のシルク・シャツ、同じくシルクで濃紺のスポーツ・ジャケット、それとお揃いのスラックスを手渡した。

「上品かつシンプルにいこう。ネクタイはなし。アニメのキャラクターはもっとよく知り合ってからにしたほうがいいわね。それと、シャツのボタンの上二つは外しておくこと。アクセサリーは指輪一つだけ、または何もつけないってのも好ましい」

「わかった。急だったのに来てくれてありがとう」

弟は心からの感謝を口にした。「お陰で助かった」

「どういたしまして。これで少なくとも服装のことではとやかく言われないはずよ」

「うん」

我が弟ながら、パブロは素晴らしい男性だ。賢くて、愛情深くて、心が広くて、それでいて守ってあげたくなるような、まさに十点満点の男。そんな彼をとても誇らしく思うし、ここぞという時に役に立てて私も嬉しい。

「姉さんこそ、今日の服装もキマってるね」

ドレスはシルク。バーガンディ(紫がかった暗い赤)のディオールだ。決してタイトではないけれど、ボディのメリハリを強調する目的で作られているため、敢えてラインを拾う仕様になっている。デザイン性が追求された結果、当然、下着は着用できない。でもファッションに疎い弟は、たぶん気づかないだろう。

「ありがと。パーティがあるから特別に気合い入れたの」

「パーティって?」

パブロは少し身構えている。

「韓国の大富豪のお嬢さんが開くのよ。場所はアンソニー・ブラックウッドの邸宅。キムの努力がようやく実って、このたび多額のボーナスを受け取ったからそのお祝い」

五十万ドルを手にするために、友だちのキムは五年間も奴隷のように働き詰めだった。そんな彼女には豪華なパーティが相応しいし、私も心から祝ってあげたい。

「へえ、よかったじゃないか」

パブロの肩の力が幾分抜けた。「キムも来るなら安心だ。彼女が姉さんを守ってくれる」

守るって……、何から?

弟は私が処女だと勘違いしているフシがある。これまで仕事だけにのめり込み、恋愛経験など皆無なのだと。だから、怪しげなパーティに引っ張り込まれて変な男に騙されないか、望みもしないセックスを強要されるのではないかと心配しているのだろうか。

弟だけでなく、兄たちや従兄弟たちにも言えることだ。結婚するまでは〝キレイな〟カラダでいたい、そんなふうに私が考えていると勝手に決めつけているような気がする。

けれど、わざわざ誤解を解こうとは思わない。面倒くさいし、処女だと思われても仕方ないくらい、もう何か月もの間、誰ともセックスしていないのも事実だ。

最後の相手はアーロンだった。初対面のときは楽しくておおらかな感じの人だったのに、付き合い始めて数か月もしないうち鬱陶しい存在に変わった。粘着質で依存心が強く、常に私の行動を知りたがり、ちょっとでもおかしいと思ったら浮気を疑って責め立ててくるようになった。それでも辛抱して付き合っていたけど、あるときとうとう耐えられなくなり、こっぴどく振ってやった。

ところが、彼からは今でも時どき電話やメールがある。私が誰とも付き合ってないのを知っていて、そろそろヨリを戻さないかと迫ってくるのだ。

冗談じゃないわよ。こっちは別れて清々してるのに、どうしてまた窮屈な思いをさせられなくちゃいけないの?

意味不明の状況から抜け出すためには、ちゃんとした恋人を作らなければならない。そうすればあいつだってキッパリと諦めてくれるだろう。

「そろそろ行くわね」

手を振りながらそう言った私に、パブロが待ったをかけた。

「残りの荷物はどうすんだよ」

「当分ここに置かせて。二回目のデートが実現するかもしれないでしょ。そのときにまたコーディネートが必要になるから」

私は軽くウィンクした。「じゃあ、頑張って」

防犯用催涙スプレーを手渡される前に寝室を出て、いそいそと玄関へ向かう。

私のクライアントの多くはセレブで、彼女らのほとんどとごく親しくさせてもらっている。そして、富豪の開くパーティにはいつも同じような顔ぶれが集まるため、普段の私ならここまで浮かれたりしない。でも、今日は特別だ。キムの快挙を祝いたいという気持ちとは別に、アンソニー・ブラックウッドの邸宅の中を見られるという楽しみがある。

妻との出会い、離れ離れになった経緯、再会、その後の結婚に至るまでの道のりについては、記事にもなったし本も出たからよく知られている。でも、彼が妻のために建てたというそのお屋敷は秘密のベールに包まれていて、雑誌などで紹介されたことは一度もない。アンソニー本人とも話したことがない。だから、どんなところなのか見てみたかったし、主とも会ってみたいと前から思っていた。

共通の友人であるエリザベス・キングを介して、妻のアイビーのために仕事させてもらったことなら二度ほどあるけれど、どっちのときも彼女自身がお店まで出向いてくれた。セレブともなると自宅に呼びつけるのが普通なのに、なぜそうしなかったのかはわからない。夫同様プライベートを大切にしているからなのか、周りの人間を顎で使うことに慣れていないのか、それとも何か秘密があって、誰も家に招き入れたくないのか……。

ま、パーティを開くくらいだから、理由の三番目の線は消えたわけだけど。

セキュリティ・パネルが私のゲスト・コードを受け付け、錬鉄製の門が開いた。敷地内にはすでに何台もの車が駐まっていて、その一番端にレクサスを駐車する。

車の外に出た瞬間、爽やかな風が吹いて馥郁たる香りを運んできた。

咲き誇る花々もさることながら、庭の広さにも目を奪われる。大きな池の穏やかな水面に浮かぶ、スイレンや人工のフローティング・ランタン。まるでおとぎ話に迷い込んだかのような景観は、ウォーター・ガーデンの素晴らしさを遺憾なく発揮していて、そぞろ歩きにぴったりの風情だ。

本当に素敵な場所。

玄関を入ったところで、ユナとばったり会った。ユナ・ヘ、韓国の大富豪の娘で、パーティの言い出しっぺだ。赤褐色に染められた髪を今日は垂らしていることもあり、身にまとうシャネルのワンピースとサンダルがとても似合っている。

彼女は気さくにハグしてきた。

「時間通りだね!」

「お招きありがとう」

私もハグを返しながら礼を言った。「キムは? もう来てるの?」

「ううん、まだ。たぶんオシャレに手間取ってんでしょ。なんせ本日の主役だから。さあ、みんなに紹介するから入って、入って」

ユナは私を奥へと引っ張っていく。「あたしの大好きな人たちがみんな集まってくれて、こんなに嬉しいことはないな。あのエドガーも来てくれたんだよ」

「エドガーって?」

「エドガー・ブラックウッド。トニーのお兄さん。普段はルイジアナにいてなかなか家を空けられないんだけど、無理やり時間を作って来てくれた。たぶん、あたしの用意した〝特別デザート〟がどうしても食べたかったんだろうね」

「デザートって……、ケーキとか?」

「それはあとのお楽しみ。とっても美味しいから期待してて」

ユナは背の高い男性の背中をポンっと叩き、ちょっといい? と声をかけた。振り向いたその人はグリーンの瞳で、こっちを興味深そうに見つめてくる。

見覚えがあると思ったら、ネット・ニュースの写真で何度も見た顔。当家の主、アンソニー・ブラックウッドその人だ。ここLAにある「Zの店」を始めとし、世界でも有数の人気クラブを経営している手腕家で、アイビーの夫でもある。

写真同様ハンサムで彫が深く、体格もいい。でも、噂に聞くほど冷たい印象はない。

「トニー、ジョーに会ったことはないんだよね? ジョー・マルチネス。ジョー、こちらアンソニー・ブラックウッドよ」

「初めまして」

アンソニーはしっかり握手してくれた。

「こちらこそ初めまして。今日来るの、とても楽しみだったのよ」

「きみのことはアイビーから聞いてる。いろんなアドバイスをしてもらえて助かってると言ってた」

「それはよかった。ステキな奥様よね」

お世辞ではなくそう思う。外見も中身も素晴らしい女性で、パーソナル・ショッパーとしてお世話し甲斐があるというものだ。

「ありがとう。あ、そうだ。兄を紹介させてくれ」

それを合図に、別の男性が近づいてきた。

アンソニーは確かにハンサム。そして彼のお兄さんは……、

ワオ!

もちろんハンサムだけどそれだけじゃない。

私は仕事柄、外見というものは着ている服で左右されると信じている。色、素材、デザインの組み合わせが適切であれば、存在感は自ずと発揮されるものだと。でもこの人の場合、そんなのは後回しでよさそうだ。背筋を伸ばした立ち姿は完璧で、とても堂々としている。高い上背や広い肩幅のお陰で、たぶんどんな服装をしていてもパワーと支配力を感じさせるだろう。アンソニーみたいな優雅さが抑えられている分、あらゆる欲望が剥き出しになっている気がする。ううん、そうならないように気をつけている感じ。同じグリーンの瞳でも、より深く、より暗い。常識も立場も取っ払って本当に剥き出しになったとき、この人はどんな変貌を遂げるのだろう。

えっと、と言った私の声は少し上ずっていた。「初めまして、ジョー・マルチネスです」

手を差し出すと、その人は私の手を固く握った。

「俺はエドガー・ブラックウッド」

南部風のアクセントが耳に心地いい。「きみのような女性と出会えるなんて運がいいな」

それに、なんてステキな声なんだろう。

「ルイジアナの紳士はみんなそういう挨拶の仕方なの?」

グリーンの瞳がわずかに翳った。

「相手による」

彼は握手した手をなかなか放そうとしないどころか、その目で情熱らしきものを伝えてきた。もしかして、彼も私に興味を持ってくれたのだろうか。行き着くところまで行きたいと思っているのだろうか。

初対面の人にここまで強く惹かれるのは初めてだ。惹かれるだけでなく、ベッドの中の彼を想像してしまうなんてことは。

「一緒に飲み物を取りにいかないか」

彼がしっかりと目を合わせながら訊いてきた。こんなベルベット・ボイスで誘われて、断れる女性などいない。

「ええ、いいわよ」

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