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ミッドナイト・ゴッド~心の在処

ラスカー兄弟の恋模様, 第2巻

離婚が成立してもまだ、別れた夫は現実を受け入れようとしない。旅行先のニューオーリンズにまでこっそり跡をつけてきて、そこで開催された仮装パーティで復縁を迫ってくる始末。

折しも颯爽と現れた仮面姿の男性に助けられ、目くるめく一夜も体験できたのだけれど、旅行を終えて日常が戻ってくると、元夫が再び付きまとってきて……。

あまりのしつこさに辟易としていたところへ救いの手を差し伸べてくれたのは、元夫の同僚だった。

その人の名前はグリフィン。生真面目を絵に描いたような外見から、性格的に私とは到底合いそうにないとわかった。でもものすごくハンサムでセクシーなボディ・ラインは、まさにニューオーリンズで出会った、顔も名前も知らない仮面の男を想起させる。

実は、その救いの手の差し伸べ方というのが少々突飛で、彼は何を思ったか私との交際を元夫に仄めかした。そして成り行き上、私もその話に乗っかって、カムフラージュのお付き合いをすることに。

堅物ながら意外にも思いやりのあるグリフィンの優しさに触れるうち、私の心はいつしかときめき始める。

そんなとき、事件勃発!

アダルトグッズを扱う会社のCEOともなればトラブルは付きもの。とはいえ、落とし穴は思わぬところに待ち受けていて……。

状況は最悪。私たち二人の仲も。

いったい、どうしたらいいの?

第一章試し読み

第一章

 

「最後の生理から……、あら、三か月近く経ってるの?」

問診票に目を落としながら、ホワイト先生が難しい顔をする。

「ええ。ですが生理不順はいつものことなので」

私はそそくさと診察台に横たわった。

できれば下半身を露出させる前に訊いてほしかった。それならばこっちも肩の力を抜いて受け答えできたのに。

まあ、今さらぼやいても仕方ないか。普段からおしゃべり好きらしく、先生はいつも診察の間ずっと話しかけてきて、私がショーツを穿いていようがいまいがお構いなしだ。

「そうはおっしゃるけど、今までこんなに遅れたことはないでしょう?」

ホワイト先生は携帯を取り出した。「念のため、妊娠検査薬を取り寄せるわね」

何年も前からのかかりつけ医である彼女は、私の健康状態を常に把握しておきたがる。だから、普段と違うことがあれば放置できないのだろう。でも……、

「妊娠の可能性はありません」

私がきっぱりと言い切ると、携帯を操作する彼女の手が止まった。

「あら、離婚されてからお一人ってことはないわよね?」

結婚生活が終わりを告げたのは当然言ってある。そのあとのことはまだ話してないけど、おそらくもう知っているはずだ。

「はい、ご存じかと思いますが、新しいかたとのお付き合いはあります」

それでも妊娠している可能性はゼロに近い。卵管閉塞のため受精が難しいとの診断を下したのは、他ならぬホワイト先生だ。

「エコー検査もしましょうか。妊娠検査薬の到着を待つより早いわ」

「わかりました」

どうせ半裸になっていることだし、それで先生の気が済むならどうぞ、という気分だった。妊娠なんてしてないのだから、結果が出たら「ほら、言ったでしょう?」と言ってやるつもりだ。

子宮頚部の細胞採取が終わるまで、私は天井を見上げていた。けれども今回はその姿勢をキープさせられたまま、先生は細い管を手に取った。

「それ、何ですか?」

「エコー用の管よ」

「エコーって、お腹の上からするもんじゃないんですか?」

お腹にゼリー状のものを塗り、手のひらサイズの器具をその上で滑らせているシーンなら、ドラマなどでよく見かける。

「あれは妊娠がわかってしばらく経ってからするもので、今の段階じゃ大したことはわからないと思う。これからするのは経膣エコー。あなたにとって初めてではあるし、この際、子宮内部を徹底的に診ておきたいの。

大丈夫よ、痛くはないし、入っていくのすら気づかないくらいだから」

その言葉に反し、挿入されたときから違和感は続いているけれど、我慢できないほどではない。

「モニターを見て」

言われた通り、私はこちらに向けられた画面に目をやった。見えるのは黒と白の点々だけで、赤ちゃんらしき影はない。

「やっぱり妊娠してはいないみたいですね」

つい勝ち誇ったような声になってしまった。ところが、先生の見解は違うらしい。

「ううん、間違いなくしてる」

「はい?」

「あなた、妊娠してるの」

「妊……娠。この私が?」

「そうよ。おめでとう! 赤ちゃんが欲しいってずっと言ってたものね。念願叶ってよかった」

いやいや、あの頃とは事情が違うんですってば!

「あの、もう一度ちゃんと見てください」

「見てるわよ。ここに映ってるでしょう?」

「枯れ葉みたいな模様ばかりで、どこに何があるのかさっぱりわかりませんけど」

「これがあなたの子宮」

先生は指し棒を使ってモニターに楕円を描いた。「そしてこれが赤ちゃん。何となく人の形をしてるでしょう? 初期は初期だけど、もう十週目に入ったってとこね」

十週……。十週?

脳が機能するまで、少し時間がかかった。

「でも、そんな兆候は全く見られませんでした」

「そういうケースって案外多いの。お腹が膨らみ始めてから気づく人だっているのよ」

「でも、でも私の卵管は詰まってて、そもそも受精できないっておっしゃったのは先生ですよね」

「できない、とは言ってないわ。妊娠しにくいと言ったの。だけど、狭い管をどうにか潜り抜けて、卵子の許まで辿り着く精子がいたとしても何ら不思議はない」

「うそ!」

震える手で口を覆う私が喜んでいるように見えたのだろう、先生は満面に笑みを浮かべた。

「有り難いことに、どこにも問題はなさそうよ。もちろん子宮外妊娠でもないから、赤ちゃんたちを諦めずに済む」

子宮外妊娠だと、赤ちゃんはお腹の中で育つことができないと聞いた。薬や手術で中絶するしかないし、そのまま放っておいたら母体も危険なのだと。だからそこは安心だ。

え、待って……。

「今、赤ちゃんたちっておっしゃいました?」

「ええ、三つ子ちゃんよ」

 

 

第二章

 

十週間前……。その頃に何があったかというと——。

 

煩わしくて面倒くさいだけの夫との縁を切ったらどうなると思う?

それはね、ストレスから解放されて気分もスッキリ。大袈裟に言ったら天にも昇る心地になって、何でもできそうな気がしてくるものよ。

この瞬間がまさにそう。

ようやく離婚が成立した今日は、人生の記念すべき日だ。あんな奴と他人になれて清々している。限りある時間を、苦痛でしかない結婚生活に捧げるなんてまっぴらだわ。

ダーク・レッドのシブい輝きを放つ愛車フェラーリのアクセルを強く踏み込めば、エンジンが唸りを上げ一気に加速した。

自由を取り戻せたと思うと、心が弾んで仕方がない。加えてスピーカーから流れるフレディ・マーキュリーの歌声が、高揚した気分をさらに盛り上げてくれる。

会社の駐車場に入る最後のカーブを曲がったとき、ビルの前で警備員に止められているトッドの姿が視界に飛び込んできた。まさに今日、正式に別れた私の元夫だ。

結婚後、急激に増えてしまった体重を落とせばあそこまで不恰好ではなくなるだろうに、その努力を怠っている彼はブヨブヨのおっさんにしか見えない。

この二年間というもの、トッドは毎日のように大量のポテトチップスを食べていた。ただ頬張るのではなく、私の仕事内容にケチをつけながらだ。その〝仕事〟のお陰で、ポテトチップスに不自由しないという事実には見向きもせずに。

警備員と押し問答している彼には構わず、駐車スペースに車を滑り込ませる。助手席のケージに手を置き、深呼吸を一回。

ケージの中にいるのはロボロフスキーという種類のハムスターだ。一匹は〝ブレット(弾丸)〟、もう一匹は〝Gスポット〟という名前。二匹とも茶色の被毛に白い顔をしていて、回し車の中で走ったりトンネルを次々潜ったりと元気いっぱいだ。

ハムスターだって、優れた音楽を聴けばその良さがわかる。でもトッドは音楽を全く解さず、クイーンのことをガサツだと言って貶した。それもあろうことか、私の一番好きな曲、「ドント・ストップ・ミー・ナウ」を聴いているときに!

彼はハムスターも嫌いだと言った。要はネズミだろ、と。当然のごとく大喧嘩に発展し、そのあとしばらく険悪ムードは続いた。

好みや価値観が合わないと悟ったにもかかわらず、それでも私は我慢した。たった数か月で結婚生活を終わらせるのは、あまりにも我儘だと感じたからだ。

でも、惨めな思いをするのはもうたくさん。これからは自分のしたいことをし、自分のためだけにお金を使うつもり。

エンジンを止め、トートバッグとハンドバッグを肩にかけ、シートベルトから外したケージを持ってフェラーリを降りると……、

「シエラ!」

案の定、警備員二人に腕を掴まれたトッドが叫んだ。「ちゃんと話し合おうよ。このまま終わらせるのは納得できない」

私の銀行口座にアクセスできなくなったと気づいて、取り乱しているのだろう。そんなの知らない。幸い婚前契約書の取り決めがあるから、一ペニーたりとも渡す必要はない。

取り乱す理由は他にもあるはずだ。英文学の非常勤教授としての仕事。あれも取り上げられると思い途方に暮れているのだろう。

私の家は、祖母の代からウォルストンクラフト大学と深い繋がりがあり、多額の寄付もしている。私たちの名字を冠した校舎もあるほどだ。

トッドのことをその大学に推薦したのは私だから、離婚と同時に仕事も失うかもしれないと心配なのだろうけど、私は人非人じゃない。彼との関係を断ち切りたいのであって、経済的に破滅させたいとは思っていない。

家から放り出されたあと、離婚の申請までされたと知るや、彼はジョン・キーツ(イギリスの詩人)の手書きの詩をどこかでコピーして送りつけてきた。考え直させようとしたのだろうけど、こんなにも私のことを理解していないんだと思い知らされただけだった。意味のわからない詩ではなく、クイーンの曲のどれかを歌い上げて録音したものだったなら、少しはほだされたかもしれないのに。

いや、それはないか。ないない。たとえそんなことをされても聴く気にはなれないだろうし、あんな奴、クイーンの曲を歌う資格なし。

「シエラ! 頼むよ。話を聞いてくれ。僕たちはまだ終わってない!」

いいえ、終わったの。あんまりしつこく付きまとうようなら、大学への影響力を行使してもいいのよ? 辞めさせるのではなく、外をうろつく暇もないくらいに忙しくさせても。

トッドを完全に無視して、私は「シリコン・ドリーム」の豪華なロビーに入っていった。中央にはラベンダー色の大きな一枚岩(に似せたシリコン)があって、その上に時計が載っている。

「おはよう、シエラ」

警備主任のダンが声をかけてきた。「今日はいつになく元気そうだね。なんだか溌剌としてるじゃないか」

背が高く、歳は四十代後半ぐらい。筋肉質の体型には、「〝大人のおもちゃ〟を作っているからといって、誰にも馬鹿にはさせないぞ」といった気迫のようなものが込められているようで、頼もしい限りだ。

「そう思う? だとしたら、あなたの部下たちがいい仕事をしてくれてるお陰。いつもありがとう」

「そんなふうに言ってもらえると誇らしいよ。彼らにも伝えておこう」

「ええ、そうして」

「外で喚いてるあの男、きみの元ダンナだよな?」

「残念ながらそう」

トッドが離婚を拒み続けている理由は、大学の教授という尊敬されるべき地位を守り、私の夫としての贅沢な生活を続けたいから。単なる一介の非常勤教授だろうが、私の仕事に対して良い印象を持ってなかろうが関係ない。自らが快適な立場にいられればそれで満足なのだ。

「ふん、あの野郎、自業自得だな。もっときみのこと大事にしてりゃあ、こんなことにはならなかったのに」

「私に限らず、誰に対しても敬意は払わないとね」

ダンがトッドのことを嫌うのは、読み書きが得意でないのをあたかも無能な人間であるかのように見下されて、相当頭にきているからだと思う。誰にだって得意不得意はあるのだから、そんなことで人を判断しても意味はないのだということを、トッドはまるきりわかっていない。

「言えてる」

ケージを覗き込んだダンの口元が緩んだ。「可愛いな。ハムスターだね?」

「そ、私のかわい子ちゃんたち」

「こりゃまたちっこい。俺の指二本分あるかないかのサイズだ」

「世界で最も小さい種類なのよ。私の手元に残すことにしたの」

トッドは欲しい、と主張したけれど、あれは絶対に本心からじゃなく、ハムスターを可愛がっている私に嫌がらせしたかっただけだ。だから言ってやった。「私、普段忙しくて世話ができないから、飼ってくれるなら助かる」と。そうしたら今度は手のひらを返すように、「やっぱりいい」とあっさり撤回した。してやったり。こっちの思惑通りになった。

「それがいい」

ダンがケージに指を突っ込むと、Gスポットがその匂いを嗅ぎにきた。「こいつらには、慈しんでくれる人間が必要だ」

トッドには任せられない、と暗に仄(ほの)めかしている。人間性に問題あり、と最初から見抜いていたのだろう。

反論の余地はない。私が彼の本性を見抜けなかったのは、知り合ったのが祖母を亡くした直後で、精神的に参っていたときだったからだ。あまりにもショックで、それから一年ぐらいの間は自分が自分でないような感覚に陥っていた。

ボンヤリした状態で何となく付き合い始め、そのまま交際を続け、しばらく経ったころ何となく結婚を決めてしまった。人生における重要な決断を、喪失感から立ち直れないうちに下(くだ)した結果がこれだ。

後悔している。でも、判断力が完璧に戻ってからは、どんなに努力してもトッドとは幸せな家庭が築けないのだとはっきり悟った。だから離婚を申請し、今に至る。

過去の失敗は教訓とするに留(とど)め、後ろは振り返るまい。

私はエレベーターに乗り込んだ。CEOとして恥ずかしくないよう、閉まったドアを鏡代わりにしてさっと身だしなみを整える。

フレンチ・ツイストの髪型は完璧。メイクも問題なし。マゼンタのワンピースは品があり、亡き母より譲り受けたパールのイヤリングとネックレスにもよく合っている。ヌード・カラーのスティレットも、今日の装いにぴったりだ。

最上階の二十階に着き、足取り軽く廊下を進む。

今日は社内の空気まで清々(すがすが)しい。現実的にはいつもと何ら変わらないのだけれど、私の気分がそう感じさせるのだ。

「シリコン・ドリーム」は、いわゆる〝普通の〟会社ではない。扱っているのがアダルトグッズだから、お堅いだけの組織とは根本的に違う。かといってお遊びや悪ふざけのつもりは毛頭なく、お客様により楽しんでもらうにはどうすればよいかを念頭に、安全性を考慮しつつ日々大真面目に取り組んでいる。

ただし、無理のない働き方によってストレスが軽減でき、生産性の向上にも繋がると信じている私は、会社を引き継いだ当初から、オープンな社風に並々ならぬこだわりを持っている。

節度ある範囲内であれば服装は自由。フレックス制を採用していて、始業時間も終業時間も、ある程度スタッフたちの自由にさせている。また、年齢や役職に関係なく活発に意見を出し合えるようにするため、基本的に敬語は使わせない。総合的に見て、風通しの非常に良い職場だといえるのではないだろうか。

とある大手の分析機関が実施した〝従業員満足度調査〟に、「シリコン・ドリーム」は州内で最も働きやすい会社の一つであると認められた。それが私には誇りであり、全身全霊を傾けてここまで頑張ってきた甲斐があったとしみじみ思う。

窓ガラスを通してオフィス内を見渡せば、デスクに着いている者はほとんどいない。それも当然で、この時間はちょうど、商品開発部主催の〝コーヒーとドーナツによる親睦会〟が開かれている真っ最中だ。誰でも参加できる、一時間程度の軽い集まりなのだけれど、ドーナツが得意でないので私はパス。

経理部長のバーバラが、パーティションで仕切られた作業スペースで仕事をしている。ドーナツが嫌いなわけではなく、余分な糖質を控えているのだ。というのも、彼女の母方の家系には心臓に問題を抱えている人が多いそうで、五十歳にならないうちから狭心症や心筋梗塞を発症する率が比較的高いらしい。

孫の顔を見るためにもできるだけ長生きしようと、彼女は健康的な食生活を心がけ、毎朝一時間のランニングも欠かさない。お陰で引き締まった体型が維持できていて、肥満とも無縁だ。

甘いものが好きな人にとって、その誘惑に打ち勝つのは容易なことじゃない。なのに長年それを実践できているのは尊敬に値する。しかもバーバラの場合、自分の都合を他人に押しつけるようなことはなく、周りで誰かがおやつを食べていてもニコニコしている。

社全体のパーティやイベントでは、そんな彼女のためにヘルシーで美味しいものを用意するようにしているのだけれど、各部署主催となると、そこまでは気が回らないのだろう。

「おはよう、シエラ」

バーバラが微笑みかけてきた。

「おはよう。ミシェルのオーディションはどうだった?」

「とりあえずは上手くいったわ。第二志望の演劇学校から二次面接の連絡が来たの」

とても嬉しそうなのと同時に、母親としての誇りが垣間見える。

「よかった。おめでとう! 引き続き頑張るように伝えてね」

「ありがとう」

自分のオフィスに入ってバッグとケージを置くとすぐ、ヘザーがやってきた。私のアシスタントである彼女は五十代後半の大ベテランで、祖母の時代から仕えてくれている。仕事ができて判断力もあり、観察力にも優れた、我が社にとってなくてはならない人だ。

「おはよう」

グレーの瞳を鋭く光らせながらヘザーが挨拶した。マグカップとタブレットを手にしていて、マグカップのほうを私に差し出す。「いつものコーヒーよ」

「ありがとう」

ヘザーの淹(い)れてくれるコーヒーは格別だ。飲むと気分がシャキッとして、仕事へのモチベーションも不思議と上がる。

「そのケージ、さっそく預かりましょうか?」

「ううん、出るときでいい。そうだ、二匹を紹介させて。こっちがブレットで、そっちのはGスポットよ。匂いを嗅がせてあげたら、あなたのこと覚えてくれるわ」

私は今日の午後からニューオーリンズに出向き、短い休暇を楽しむことにしている。といっても完全なオフではなく、仕事も兼ねた小旅行。

数日前からセントルイスの家族を訪ねているエリーとは現地で合流し、仮装パーティに繰り出すつもりだ。独身生活に戻れた記念すべき日を、目一杯楽しめたら嬉しい。

エリーというのは、名目上は部下であり研究開発チームのリーダーだ。でも私にとって、昔からの大切な親友でもある。

帰りは日曜の夜遅くになるだろう。いくらあまり手がかからないとはいえ、この子たちだけを置いておくのは忍びなく、留守の間ヘザーに面倒を見てもらうことにした。

「Gスポットねえ……」

「トッドを嫌ってたみたいで、彼がケージの前に行くといつも隠れてた」

「なるほど。わかるような気がする。ところでニューオーリンズでの展示の件なんだけど、サオリ曰く、準備はバッチリだそうよ。カタログの発送も済んでるって」

「よかった」

その展示場所が仮装パーティ会場内にあり、会社の代表として、私が現地視察するつもりでいる。「SNS用に写真を何枚か撮ってアップするわね。彼女にもそう伝えといてくれる?」

「了解」

ヘザーはタブレットをタップした。「五分後にミーティングよ。例の、ストロベリー風味のローションの味見」

ニューオーリンズでサンプルを出品予定のチョコレート味とは違い、ストロベリーのほうはまだ完成できていない。

「あら? だけど朝一で別のミーティングが入ってるんじゃなかった? 新たな商品に関するアイデアをみんなに出してもらうんでしょう?」

三年前に祖母が亡くなって以来、「シリコン・ドリーム」は目ぼしい新商品を発表していない。製品ラインナップ拡大が成功するかどうかでCEOとしての価値が決まるというのに、まだイメージすら掴めていない状況だ。

「それについては味見の結果を待ってから、って商品開発部が言ってきたのよ」

「はあ? 試食会は何時まで続くの? 新商品開発のミーティングのほうにこそ時間をかけたいんだけど」

「サンプルは二種類だけだからすぐに済むわよ」

「たったの二つ? 相当自信があるのね」

イチゴ味の再現は非常に難しく、咳止めシロップのような後味がどうしても残りやすい。それが潤滑ローションとして充分通用する味に仕上がっているのであれば、ヒットが約束されたも同然だ。

「そのようね。さ、そろそろ行きますか」

「ええ」

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